遊ぶためには「遊び場」が必要だ

ひとりで遊べる範囲を増やしていくにあたり、
「遊び場」について考えています。

遊び場とは、
文字通り「遊ぶための場所」です。

自分がトライアンドエラーを積み重ねていくための、
盤石な足元のこと。
泥の沼地でジャンプはできませんからね。

私にとっての遊び場

私にとっての遊び場は、
現在進行中で作られつつあります。

今まで生真面目に生活して、信用を得てきたことも、
遊び場のひとつかもしれないと、思えるようになりました。

真面目ささえも、遊ぶための武器になるんです。

学校の勉強も、私にとっては、
「遊び場」を作ることでもあった。
と、今なら思えます。

「遊び場作り」に他人の力も借りられる

楽しくない時間を楽しくすごす意識も大事ですが、
並行して、
「楽しく遊ぶための場所を作る」
という感覚は、
持ち合わせておく必要があります。

「遊び場を作ることも楽しい!」
なら文句なしですね。

「遊び場づくりが遊び」の人と、
組むのもありでしょう。

また、いま楽しいことをできている、
遊べている場合でも、
「遊び場は100%自分一人の力で作ったものではない」
と思えたら、他人にも優しくなれますね。

「やるべきこと」に、どう意味付けするか

準備や作業など、楽しくない時間も必ずあります。
「遊び場を作るために嫌なことをやれ」
ということではありません。

嫌なこと・嫌じゃないことと、
必要なこと・必要じゃないことは、
違うベクトルの話です。

「好きなことだけやっていればいい」
わけでもなくて、
「こうなりたい」と思ったゴールがあるとき、
好き嫌いにかかわらず、
必ず「やらないといけないこと」はあります。

それらにどう意味づけするか?を、
常に考え続けていきたいですね。

お読みいただき、ありがとうございました!

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