なぜ私たちは、愚直に信じることができないのだろうか
ゆう
ひとりアソビラボ
「後悔先に立たず」ということわざ。
真っ先に思い浮かぶのが、休日を無為に1日ダラダラすごしてしまい、「ああ……今日は何もしていない……」と夕方ごろに考える。そんな様子です。
ただ、ダラダラすることが目的なら、そんな1日をすごしても後悔はないはず。
となると、「後悔」の正体は、何なのでしょうか?
「後悔」の正体は、「達成されなかった目的のかけら」です。
意識している・していないに関わらず、私たちは目的を持っています。
「ゴール」と言い換えてもいいでしょう。
あなたの「目的」「ゴール」は、今の自分とは全く違う自分になることかもしれません。
あるいは、ずっと同じ暮らしをして、変わらずすごしていくことかもしれません。
自分でも、正確に理解ができていないほうが多いものです。
目的が大きくて、自分から見てもその一部しか見えなかったり。
その目的が、達成に遠のく行動をしたとき、私たちは後悔しますが、「目的が達成できなかった」という後悔ではなく、「〇〇(目の前の具体的な行動)をしなかった」と思います。
そういう意味で「後悔は『達成されなかった目的のかけら』」です。
目的自体が達成されるか、されないかは、その後悔から、短絡的に判断することはできないから。
あなたが最近感じた「後悔」は、どんなものですか?
その後悔は、あなたのどんな「目的」から生まれたものでしょうか?
少し手を止めて、考えてみてくださいね。
後悔することに関しては、こちらの記事でも書いています。
お読みいただき、ありがとうございました!