【観劇レポート】稲葉友主演「エダニク」を観て、働く意味を考えた

芸術・舞台

浅草九劇にて、鄭義信さん演出の演劇「エダニク」を観劇してきました。
主演は、仮面ライダードライブにも出演されていた稲葉友さん。

熱量の高い1時間45分に圧倒されながらも、真っ先に感じたことは「労働って何なんだろうな?」でした。
そんな「エダニク」の感想をお届けします。

エダニクの語源となっているのは、牛や豚の「枝肉」
屠畜の過程で、頭部や尾、四肢の端などを切取り、皮や内臓を取り除いた状態のお肉のことです。

三者三様の「働く意味」を考えさせられる

「エダニク」のあらすじは、こんな感じです。

とある食肉加工センター。

ある日、屠室で厳重に管理されているはずの、牛の延髄が紛失。
ここ別屠室の、屠殺用ナイフ研磨室も人の出入りや情報の行き来が慌しくなってきた。
この事件をきっかけに、初対面である取引先新入社員と加工センターの職人二人は、屠畜という作業への言及や、企業間の駆け引き、立場の保守など、各々のアイデンティティに関わる問題をぶつけ合い議論を白熱させる。立ちこめる熱気と臭気。

「生」がたちまち「死」に、「生体」が次々と「物体」と化していくこの労働の現場で、男たちの日常は我々に何を問いかけるのか。

浅草九劇 作品紹介ページより)

を観劇して、真っ先に思ったこと。

「仕事って、労働って、何だろう?」
「何のために働くんだろう?」

就職して、例えば仕事に行き詰まったときに、一度は考えたことがある疑問だと思います。

働く理由は人それぞれです。
妻や子供のため。生活していくお金を得るため。
義理や人情に報いるため。プライドや、周囲から見たら綺麗事にも思えるような理由のため。

食肉加工センターにかかわる3人からは、「なぜ働くのか?」という問いかけの答えが、三者三様に表れていました。
その姿は、自分が働く場所で繰り広げられていることと、あまり変わりません。
舞台を観ていて、「職業に貴賎なし」という言葉が、何度も脳裏をよぎりました。

屠畜のお仕事については知らないことが多いのですが、劇中で分かりやすく、スムーズに説明が入ります。
稲葉友さん演じる沢村は、「自動車工場のラインの逆で、豚や牛がパーツにバラされていく」と言っていました。

食肉の仕事って、仕事の工程という観点だと、すごく分かりやすいんですよね。
IT企業やデジタル的な産業と異なり、物理的に「もの」があるから。
自分の仕事で生み出したものが、どういう工程で次に引き継がれていくのかが分かるから。
牛や豚を食肉に加工している場所ですが、IT企業なんかよりよっぽど製造業だな……と思います。
そういう、自分たちの仕事がモノとして見える場所だからこそ、三者三様の「何のために働くのか?」が浮き彫りになる。
エダニクを観ていて、そんなことを感じました。

なぜ働くのか。
何のために労働するのか。

「やりがい」という言葉が連想される問いですが、「働く理由」「やりがい」は、意外と身近なところにある気がします。

劇中の最後に語られる、沢村の息子が新たに描いた夢の話。
あのシーンで、ただ家族を養うためだった沢村の「働く理由」に、新しいものが加わったように思いました。
同じように、他の2人にも、働く理由がちゃんとあるのでしょう。
言語化できるかは別として、ですが。

演劇における「人間味」を実感する、脚本と演出

また、登場人物ひとりひとりの中に、言い表せないくらいの人間味がありました。

エダニクを見ている中で、3人それぞれを自分と照らし合わせて「アーーーー!!ウワーーー!!」ともんどりうつ部分と、「こいつ絶対共感できねえ!!」って部分と。両方あります。

クソみたいなことも考えるし、見栄も張るし保身もするけど、それでも憎みきれない人間の実像。
そういう、自分の感性とのちぐはぐなところが、演劇や作品にあらわれる人間味なんだろうなあ、と感じています。

ラストシーン、アメイジング・グレイスをBGMに動く源田に、そんな実像があらわれていたような気がしました。

浅草九劇「エダニク」上演情報

鄭義信さんが演出する今回の「エダニク」は、2019年7月15日(月・祝)まで上演されています。
今後、別の演出家の方が同じ戯曲を演出する可能性もあります。
気になる方は、ぜひ一度、観劇してもらいたい公演です!

エダニク | 浅草九倶楽部/浅草九劇
浅草九倶楽部(劇場とホテルの複合施設)は、エンタテインメントの聖地「浅草」を拠点に「エンタテインメントを育む」プロジェクトです。浅草から世界へとつながるエンタテインメントの渦のど真ん中を目指します。浅草九劇は、人と情熱とエンタテインメントを巻き込む劇場であり、才能と熱量に溢れたエンタテインメントを発信していきます。

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