「誰かの許可」を待ってるあいだに、人生終わっちゃうよ

認識を変える

誰かの許可を待つほど人生は長くないよ、って話です。

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思うに至ったきっかけ

キャリアコーチングをされているずんずんさんのツイートを見たのが、この考えに至ったきっかけです。

関連のブログ記事も読みました。

読んだ直後は、
「自分もそうだよなあ、あるある〜」
くらいの軽い感想しか抱いていませんでした。

しかし、ふと気づくと、幼少期〜学生時代はおろか、直近の自分でさえ、
誰かの許可をもらいたがっていると気づきました………。

気づいたときには「うそでしょ!?」と戦慄しましたが、直近の悩みが、
「誰かの許可をほしがっているから」でほぼ片づくのです。

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「誰かの許可」をもらえた先はどうなる?

今まで踏み込まなかったところに踏み込んで、考えてみます。
その、私がほしがっている「誰かの許可」をもらえたら、どうなるんだろう? と。

自分ひとりで決められないのも、もちろん問題です。
さらに、誰かの許可を得る癖がついてしまっていると、
失敗したときの責任を、その「誰か」に転嫁してしまう。

この責任転嫁は、対象への怒りではなく、かわいそうな私の演出に使われます。
「あの人がいいって言ったからやったのに失敗しちゃったの〜〜私かわいそうでしょ〜〜」(ぴえん)
って感じで。

自分で書いててゲロ吐きそうですね。

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誰かの許可を待つほど人生長くないよ

「誰かの許可」を待つ行為自体にも、問題はごろごろあります。

ただ、何より、誰かの許可を待っているほど人生長くないんですわ。
「誰かの許可」を待ってるあいだに、人生が終わってしまう。

誰かの許可を待って時間を浪費するほど、私たちは暇じゃないはずです。
その時間、もったいなくない?とハッとしました。
(だいたい自分に対して言ってます。)

やってみて、違ったらやめればいいし、いい感じだなーと思えたら続けたらいいし。
自分に許可を出すのは自分だし、どれだけ方向転換を繰り返しても、別に死なない。

そんな希望がちょっとだけ見えて、こわばっていた体が楽になった気がしました。

自分で自分に許可をガンガン出して、人生エンジョイしていこうな。

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